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宮城で過ごしたGW 2011

diary

2日分の休みをいただいて、10連休を取って地元・仙台に帰省していた。
前回帰省したときはまだ物資供給が不安定だったり時間があまりなかったりということもあり、実家へちょっとしたモノを届けて近所の津波被害区域を見てきただけですぐ帰ってきた。けど今回は最初から高校の先輩の「スコップ団」の活動を手伝う予定で帰省した。
途中で腰を痛めて一日休養したりもしたけれど、dogwoodのデッキ作り、石巻での家財運び出し、子どもの日のお菓子配り、気仙沼での泥かき&家財運び出しなど、のお手伝いをした。
半日ウッドデッキ教室【スコップ団】 - どうせ地球のチリだからな。
それゆけスコップ団 - どうせ地球のチリだからな。
Smile for birthday & Happy Children's Day - どうせ地球のチリだからな。
ナイスコップ! - どうせ地球のチリだからな。


前回は実家の近所の津波被害区域だけしか見なかった(http://jsdo.it/sugyan/30ud)けど、今回は石巻、南三陸気仙沼など宮城県の沿岸部数カ所を見たり通ったりした。
どの地域も、50日以上経った今もなお瓦礫の山が積み重なる荒野が広がる凄まじい光景。道路だけは一部を除き車がマトモに通れるよう整備されていたが、それも相当な苦労でやっと瓦礫をかき分けて、の結果だろう。仙台なんかはちょっと街中に入っていけば被害の少なかった地域に出るが、南三陸志津川・歌津あたりは本当に「街ごと消えている」という状態で、被災前の姿はまったく想像できないし、今後の復旧の姿も現時点ではちょっと想像できない…。
一緒にスコップ団で活動していたのは主に仙台在住の方々で、自身が被害を受けながらも もっと大変な方々のために一生懸命動いている。中には職場で津波に襲われ首まで水に浸かりながら九死に一生を得たという方もいて、何とか助かったときの話、助けられなかったご友人の話、を聞かせていただいたりもした。本当に壮絶で、苦しい。震災当日関東にいた自分には想像の及ばないような地獄の世界があった。
人も、車も、家も、街までも一瞬でメチャメチャにしてしまう津波の破壊力と恐ろしさを改めて感じた。


家を失い今もまだ避難所での生活を余儀なくされている方々や、ご家族やご友人、大切なモノを失ったり、まだ見つかっていない方々。今回僕が見た・会った人たちはそういった悲しみや不安を背負っている筈なのに、みんな明るく、強く、逞しかった。ある程度時間が経ってようやく気持ちが整理できてきているのだと思うけれど。とにかく、「暗く 絶望的な雰囲気」のようなものは感じなかった。それが救い。前に進んでいける。
出来る限りのことを、とにかく諦めずに続けて やっていくしかない。動けるときは動くし、そうでないときも出来る限りのことをやる。一生懸命いきる。


自分がどれだけの力になれたのかは分からない。関東で仕事があるのだからそこで一生懸命働くことが一番良い行動なんじゃないか、という迷いもあった。でもやっぱり自分自身が故郷に対し直接的に何もしないで関東で過ごすのが辛く、モヤモヤしていたので、今回行動することでようやく気持ちがスッキリした。
自分が動くことで、こうやってTwitterやブログに書くことで、知らなかった現実を知ってくれた人がいるかもしれないし、誰かに何かしら影響は与えたかもしれない。決して無駄ではなかった、と思う。思いたい。


実家があって、自分の故郷だから こうして当然のように地域復興のために動こう、という気になれたけど、もし自分と無縁な地域で同じことが起きていたらどうしても他人事、になってしまっていたと思う。実際、阪神大震災中越地震のとき自分はほとんど何もしなかったし…。でも今回、関東など県外からボランティアに来ている方々が大勢いたという話で、支援物資や救援部隊なども全国から全世界から集まっていて、すごく嬉しく、人の繋がりとか優しさとか温かさを強く感じた。


色々なところに行って、様々な光景を見て、前向きな人たちと出会い、話すことができて、とても貴重な体験ができた10日間でした。
了先輩、そして一緒にスコップ団で動いた方々には本当にお世話になりました。皆様にお会いできて本当に良かったです。ありがとうございました。
家の片付けもせず毎日泥んこになって帰ってくる僕を支えて下さった父ちゃん、母ちゃん、ありがとうございました。家の片付け全然手伝えずごめんなさい。また来週帰ります。